福岡高等裁判所 昭和34年(ネ)75号 判決 1960年11月18日
控訴人(被告) 国
訴訟代理人 中村盛雄 外三名
被控訴人(原告) 西田米作
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人が被控訴人に対し昭和三一年九月二二日なした解雇は無効であることを確認する。
控訴人は被控訴人に対し金八九五、二一八円を支払わなければならない。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人の負担、その余を控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、なお金員支払を求める部分につき、当審において請求を拡張して「控訴人は被控訴人に対し金一、〇六四、二五六円及び昭和三五年五月一日より雇傭契約終了に至るまで毎月手取金二三、〇一二円を翌月一〇日までに支払え」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述竝に証拠の関係は
控訴代理人において、仮に本件解雇が無効であるとしても
(一)、控訴人は被控訴人に対し賃金支払の義務は全くない。すなわち本件につき民法第五三六条第二項の適用があるとするも、同条項によれば、履行不能の原因が債権者たる使用者の責に帰すべき事由でない限り、債務者たる労働者は賃金請求権を有しないわけである。ところで債権者の責に帰すべき事由とは、債権者の故意過失または信義則上これと同視すべき事由と解すべきであるから、使用者が解雇を有効であると信ずるについて相当の理由があり、且つ、これを信ずるにつき過失がなく、その他信義則上非難すべき事情のない限り、使用者の就労拒否について、その責に帰すべき事由があるとはいえない。本件においては、控訴人は被控訴人をいわゆる保安解雇したのであつて、控訴人と在日米軍との関係保安解雇の性格、その適法性その他の事情に徴すれば、控訴人が本件解雇を有効であると信ずることは、けだし当然であり、かく信ずるにつき過失はないものというべきである。従つて控訴人は被控訴人に対し、解雇以後の賃金支払義務はないものと考える。
(二)、仮に右主張が容れられないとしても、控訴人は被控訴人に対し平均賃金の六割(昭和三二年一〇月一日以降は正規に勤務した場合に支給すべき給与の六割)の金員支払義務を負うに過ぎない。被控訴人を解雇した当時の労務基本契約によれば、駐留軍労務者に対する給与については、駐留軍事務系統労務者給与規程及び同技能工系統労務者給与規程によることとされていて、その各規程には「駐留軍の都合により労務者を休業させた場合は、一日につき平均賃金の六割に相当する休業手当を支給する、平均賃金の算定については労働基準法の定めるところによる」との条項があり、昭和三二年一〇月一日締結発効した新労務基本契約によると「労働者が米国政府の都合により正規の所定勤務時間中に勤務することを許されない場合には、正規に勤務した場合に支給すべき給与の一〇〇分の六〇を支給する」との条項がある。すなわち駐留軍労務者は基地の都合上就労せしめられない場合のみならず、特定の労務者について生じた事由に基き就労せしめられない場合においても、これらの条項によつて賃金の六割についてのみ控訴人に対し給付請求権を有するに過ぎないこととされているのであつて、このことは昭和三二年九月三〇日まで存続した全駐留軍労働組合との労働協約により確認されていたのである。ところで被控訴人は、いわゆる保安上の理由により解雇され、基地から排除され、その故に就労せしめられないのであるから、保安解雇が無効であつても、右にいわゆる休業にあたり解雇以後は平均賃金の六割相当の金員給付を求め得るに過ぎない。もつとも前記の休業手当に関する規定は、労働基準法第二六条と同趣旨のものであつて、民法上使用者の責に帰すべき事由による履行不能として、賃金全額の支払義務ある場合につき、特に労働者の賃金請求権を六割に減額して、その権利を労働者の不利益に制限したものとは考えられないとの見解も一応は考えられる。しかし右見解は、以下述べる理由により正当とはいえない。いわゆる間接雇傭形式による駐留軍労務者に対する一定の給与その他の管理費は、一旦日本国政府において当該請求権者に支払うが、基本契約第三条(新契約第四条)により、これらについては日本国政府は米国から補償を受けることとされている。すなわち日本国政府は形式上雇主として、労務者と雇傭契約を締結しているけれども、実質上の雇主は米国であつて、雇傭契約に伴う費用は、すべて終局的には、実質上の雇主たる米国において負担することとされている。従つて間接雇傭形式による労務者は、日本国政府が米国から補償を受け得る範囲の諸給与を所定の手続に従つて支払を受けるにとどまり、右以外については何らの請求権をも有しないものといわなければならない。この点を明確にしたのが、前記の休業手当に関する規程であつて、その範囲内においては、日本国政府は米国から補償を受けるけれども、これを超える部分については、補償を受けないのである。故に労働基準法第二六条、民法第五三六条の規定に拘らず、前記の休業手当以上の給付義務は控訴人においてこれを負わないのである。
(三)、被控訴人は昭和三二年七月七日頃から、全駐労小倉生活協同組合(以下生協と略称する)の理事であつたが、同年一一月二日頃から昭和三三年五月頃まで、生協の専務理事で、毎月一四、〇〇〇円の給与を受け、専務理事を辞任後も引続き生協の事務をとり、昭和三四年九月末頃退職するまで、旅費名目で毎月一三、〇〇〇円宛支給され、以上合計三〇六、〇〇〇円の給与を受けている。使用者の責に帰すべき事由によつて履行不能となつた場合に、労務の給付を免れた労務者が、その間に他に就職して得た収入は、給付を免れた労働時間に対応するものであるから、民法第五三六条第二項但書にいわゆる自己の債務を免れたことにより得た利益に該当し、その金額は労務者が使用者から受くべき反対給付(賃金)から、当然控除さるべきである。そこで本件においても、被控訴人が生協から給与を受けた前記金額はその期間の控訴人から受くべき賃金額からこれを控除すべきものである。
被控訴人の後記主張に係る平均賃金月額及びこれより控除すべき所得税、社会保険料の額は争わない、と述べ
被控訴代理人において
被控訴人が本件出勤停止を受ける前の過去一ケ年の平均総給与月額は金二五、八〇五円であり、これを基礎として、出勤停止を受けた昭和三〇年一一月分から昭和三五年四月分までの受くべかりし総給与額を計算すれば合計金一、三九三、四七〇円となり、これより出勤停止期間中に休業手当として支給された合計金二〇一、八六九円竝に全期間の健康保険料三三、一七六円、厚生年金保険料一一、八八〇円、失業保険料八、三四一円、所得税七三、九四八円を控除した残額一、〇六四、二五六円が、昭和三五年四月末日現在において、被控訴人から控訴人に対し請求し得べき手取給与額となる。なお昭和三五年五月一日以降の被控訴人の賃金手取月額は、前記平均賃金から健康保険料七五四円、厚生年金保険料四五五円、失業保険料一八四円、所得税一、四〇〇円を控除した金二三、〇一二円となる。
控訴人の前記(一)の主張は理由がない。本件解雇は控訴人の不当労働行為によるものであるから、その故意過失または信義則上これと同視すべき事由に基く解雇と見なければならない。右不当労働行為が直接には米駐留軍によつて行われたものとしても、軍は使用者である控訴人の機関または履行補助者の地位にあるものと解するのが相当であるから、軍の行動は法律上控訴人の行動と見る外なく、軍及び控訴人が被控訴人の就労を拒否するのは、過失に基くもので、その責に帰すべき事由によるものというべきである。
控訴人の前記(二)の主張も理由がない。本件は不当労働行為による解雇であり、これに対し被控訴人は就労の意思を有し、何回となく控訴人に就労の申込をしたのであるが、控訴人はこれを拒否するのであるから、駐留軍の都合により労務者を休業させた場合にあたらない。故に本件は民法第五三六条第二項の適用を受くべき場合に該当するから、控訴人は被控訴人に対し賃金の全額を支払う義務がある。
控訴人の前記(三)の主張も理由がない。控訴人主張期間中に被控訴人が全駐労小倉生協から、主張の金員を支給されたことは認める。しかしそれは、被控訴人が当面の生活を維持し、且つ解雇反対闘争を続けるのに必要な資金を得るため、臨時的に生協の仕事をしたのであつて、生協に就職したとするのは正確でない。民法第五三六条第二項但書により、債権者が償還を請求し得べき利益は、債務者が債務を免れたことと相当因果関係にあるものでなければならない。債務者が債務の免脱を利用したのではあるが、別個の原因によつて得た利益(労務を免れた労務者が、他との雇傭契約により得た賃金等)は、これに含まれないと解すべきである。そのように解釈しないと、解雇されて収入を絶たれた労働者は、必ず何らかの手段で他に収入の道を得なければならないが、この場合に不当解雇をした使用者が、労働者が他から得た収入によつて、却つて利益を受ける結果となり、公平を旨として規定された民法第五三六条の趣旨に反することとなる。仮にそうでないとするも、債権者は債務者に対し利益の償還を求め得るに過ぎないから、控訴人は正式に相殺の抗弁を主張するか、別個の請求訴訟を提起するが、いずれかによるべきである。よつて本件においては、被控訴人の賃金全額の請求が認容さるべきである、と述べた外、原判決の事実の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。(証拠省略)
理由
当裁判所は後記のように原判決の理由中一部を訂正し及び附加する外、原判決の説示するところと同一理由により、被控訴人に対する本件解雇が労務基本契約及び附属協定により定められた解雇制限に違反し、無効であること竝に労働契約における信義則に反し、且つ解雇権の濫用として無効である旨の被控訴人の主張は、いずれも理由がないが、本件解雇竝にその前提としてなされた出勤停止は、いずれも労働組合法第七条第一号の不当労働行為に該当し、無効であると判断するので、右原判決理由をここに引用する。原判決挙示の各証拠に成立に争のない乙第一〇号証を総合すれば、被控訴人は昭和二八年五月頃全駐労小倉支部山田分会の結成と共に、その組合員となり、その後しばらくして同分会の執行委員となつて組合活動に従事したこと、右分会の組合員であり、班長格下問題を生じ、組合における反対闘争運動の対象となつた訴外村上賢児が、保安上の理由で出勤停止処分を受けたのは、昭和三〇年三月一〇日であるがその頃同人と同じく保安上の理由で出勤停止処分を受けた者は、他に二名あり、なお履歴書詐称の理由で、解雇された者が四名あつたが、右出勤停止された者の内一名及び解雇された者の内二名は、その後復職したが、他の者及び村上賢児は復職を許されず、その後昭和三〇年一〇月三一日村上はついに解雇されるに至つたので、被控訴人は山田分会書記長として、右村上の解雇に対する反対闘争を更に盛り上げるべく準備していたところを、同年一一月八日被控訴人自身が出勤停止を受けるに至つたことを認めることができる。そして原判決の示すとおり、被控訴人に対する本件出勤停止竝に解雇を決定した駐留軍の真意は、結局において被控訴人のなした正当な組合活動を嫌忌し、これをその理由としたものであると推認せざるを得ないところ、日米安全保障条約第三条に基く行政協定第一二条第五項は、駐留軍労務者の保護のための条件竝に労務関係に関する労務者の権利は、日本国の法令で定めるところによるべき旨を規定しているから、本件についても労働組合法第七条が当然適用せられ、本件出勤停止竝に解雇は、いずれも同条第一号に該当する不当労働行為として無効たるを免れないものといわなければならない。
原判決挙示の証拠によれば、被控訴人は本件出勤停止竝に解雇に対し不服を唱えて、控訴人に対し就労を申出たが、控訴人がこれを拒否するので、福岡県地方労働委員会に救済命令を申立て、同委員会は審理の末、解雇取消、原職復帰の命令を発したけれども、控訴人は該命令に従わず現在に至つていることが認められるので、本件については民法第五三六条第二項が適用せられ、被控訴人は控訴人に対し、反対給付たる賃金全額の請求権を有するものというべきところ、控訴人は前記(一)(二)(三)の主張をするので、これにつき順次判断する。
(一)、駐留軍労務者は、行政協定第一二条第四項に従い日米間に締結された労務基本契約に基き、国に雇用され、駐留軍に対し労務を提供するものであつて、法律上の雇主は国であり、実際にこれを使用するのは駐留軍であるという特殊の雇傭形態を具えるものであるが、原判決の示すとおり、保安解雇に関する限り、その解雇決定の権限は国から軍に一任されており、軍はその独自の意思決定により労務者を解雇することができるのである。かように労務者の解雇その他不利益処遇に関する意思決定が、雇主から他の者に委任されている場合は、不当労働行為意思の存否は、その受任者について決定すべきであり、受任者にその意思があるときは、雇主の意思竝にそのおかれた地位如何に拘らず、雇主は不当労働行為上の責任を免れないものと解するを相当とする。されば前段認定のとおり、本件出勤停止及び解雇が軍の不当労働行為意思に基くものである以上、本件は雇主たる控訴人の責に帰すべき事由により、履行不能となつた場合に該当するものというべく、控訴人の主張は採用できない。
(二)、控訴人主張の各給与規程の定めるところは、その趣旨及び体裁自体に徴するも労働基準法第二六条と同趣旨に出たものと解するを相当とする。そして右基準法の規定する「使用者の責に帰すべき事由」とは、民法第五三六条第二項のそれよりは広く、例えば経営上の障害等による休業の場合をも含め、労働者保護のため、その最低生活を保障しようとの趣旨に出たものであつて、右民法の規定による賃金請求権を制限するものではないと解するのが、今日既に支配的となつている見解である。控訴人主張の米国からの補償関係は、日米両国政府間の内部的な取定めであつて、そのことのために労務者が不利益を受くべき理由のないことは、前掲の行政協定第一二条第五項の規定に徴するも明らかであろう。そこで控訴人の主張は採用できない。
(三)、被控訴人が昭和三二年一一月頃から昭和三四年九月頃まで、全駐労小倉生協の理事または専務理事として勤務し、その間同生協から毎月一四、〇〇〇円または一三、〇〇〇円宛、合計金三〇六、〇〇〇円の給与を受けたことは当事者間に争がない。不当解雇の被解雇者が労務の受領拒否により給付を免れた労働力を、他に転用して得た収入は、民法第五三六条第二項但書にいわゆる「自己の債務を免れたことにより得た利益」として、これを債権者たる使用者に償還すべきであり、この場合償還するというのは、労働者の受くべき反対給付たる賃金額から、これを控除すべきものと解するを相当とする。もつとも被解雇者が自己及び家族の生活維持のため、副業の程度においてなした労働による収入は、自己の債務を免れたことにより得た利益とはいわれないが、被控訴人の得た前記収入は、生協におけるその地位及び金額から見て、単に副業的なものとは考えられないから、当然本件賃金額からこれを控除すべきである。但し労働基準法第二六条が、休業の場合につき、平均賃金の少くも六割に相当する手当の支払を命じ、違反行為に対する罰則規定をもつて、これを強制している趣旨に徴すれば、右別途収入による控除額は、労務者の平均賃金の四割を超ゆることを許さないものと解するを相当とする。よつて控訴人の主張は右の限度において理由あるものといわなければならない。
当事者間に争のない被控訴人が本件出勤停止を受ける前の平均賃金月額その他弁論の全趣旨によれば、被控訴人が本件出勤停止を受けた日から昭和三五年四月末日までの間に、受くべかりし給与総額は合計一、三九三、四七〇円となり、これより出勤停止期間中に休業手当として支給された合計二〇一、八六九円竝に全期間の各種社会保険料及び所得税を控除した残額一、〇六四、二五六円が、昭和三五年四月末日現在までの計算として、被控訴人から控訴人に対し請求し得べき手取給与額となることを認めることができる。しかし前認定のとおり、昭和三二年一一月から昭和三四年九月までの間に、被控訴人が得た別途収入合計三〇六、〇〇〇円の一部を右金額から控除すべきであるところ、該控除額は、右期間中の被控訴人の手取平均月額二〇、八七七円(当事者間に争がない)の四割に相当する金八、三五〇円の二三ケ月分、合計一九二、〇五〇円となる。よつて前記手取給与額から右金額を控除すれば、金八七二、二〇六円となるが、なお本件口頭弁論終結時である昭和三五年六月二九日現在(本件賃金は毎月分を翌月一〇日払の定めであつたことは被控訴人の自陳するところである)においては、右に同年五月分の賃金手取額二三、〇一二円を加えた金八九五、二一八円が、被控訴人の請求し得べき総金額となる。
なお、被控訴人は、本件において将来の給付までも求めているが本件においては、相手方が国であるから解雇無効が確定してもなお将来の給付を履行しない恐があるとは考えられないこと、駐留軍労務者という特殊の雇傭関係であり、且つ被控訴人は既に約五年間に亘り、現実の労務に服していないこと、保険料、所得税等も将来変動が予想されること等の事情に徴すれば、右将来の給付請求は相当でないものと判断する。
よつて被控訴人の本件請求は以上認定の限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、これと一部異なる原判決を変更することとし、民事訴訟法第三八六条第九六条第九二条に従い主文のとおり判決する。
(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩永金次郎)
【参考資料】
解雇無効確認等請求事件
(福岡地方昭和三三年(ワ)第六三五号昭和三三年一二月二五日判決)
原告 西田米作
被告 国
主文
被告が原告に対し昭和三十一年九月二十二日なした解雇は無効であることを確認する。
被告は原告に対し金四十八万五千五百三十四円並びに昭和三十三年六月一日以降雇傭契約終了に至るまで毎月金二万八百七十七円あてを翌月十日までに支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告は、昭和二十五年七月七日から米極東空軍二七一六火薬補給部隊(通称山田部隊、以下「山田部隊」と略称する)の消防夫として被告に雇傭され、その後同部隊の消防自動車運転手として勤務していたが、昭和三十年十一月八日附で「日本人及びその他の日本在住者の役務に関する基本契約及び同附属協定第五九号(以下「労務基本契約」及び「附属協定」と略称する)に基く「保安上の理由」という名目で出勤停止処分を受け、次いで昭和三十一年九月二十二日附で右と同じ理由によつて解雇された。
二、しかしながら、右解雇は次のような理由によつて無効である。
(一) 本件解雇は、労務基本契約及び附属協定によつて定められた解雇権制限の基準に違反している。
被告は、労務基本契約及び附属協定によつて、日本に駐留するアメリカ合衆国軍隊(以下「駐留軍」と略称する)の保安上危険な駐留軍労務者を解雇できる権限を確認されている反面、保安上危険でない労務者を解雇してはならないという解雇権の自己制限を受け、附属協定に定める保安基準のいずれかに該当する場合でなければ、「保安上の理由によつて解雇することはできないものである。ところで、原告は駐留軍の保安上危険な労務者ではないし、また駐留軍の保安について危険を及ぼすような行為をしたこともない。従つて、本件解雇は労務基本契約及び附属協定によつて定められた解雇権制限の基準に違反しているから無効である。
(二) 本件解雇は、労働契約における信義則に反し且つ解雇権の濫用である。
駐留軍労務者が客観的に保安基準に該当する場合にのみ、「保安上の理由」による解雇をなすということは、労務基本契約及び附属協定によって、駐留軍、日本国政府及び労務者間の労働関係を支配する信義則の内容となつているのであるが、原告は保安基準に該当する客観的事実がないのに「保安上の理由」によつて解雇されたのである。これは被告もしくは原告の使用主である駐留軍の単なる主観的判断によるものであり、しかもこれによつて原告は職を失い路頭に迷わなければならない結果となるのである。従つて、かような本件解雇は信義則に反し且つ解雇権の濫用であるから無効である。
(三) 本件解雇は、不当労働行為である。
原告は昭和二十八年五月山田部隊労務者によつて全駐留軍労働組合(以下「全駐労」と略称する)小倉支部山田分会が組織された際、その結成運動に参加し、同分会結成とともにその執行委員に選任され、昭和二十九年三月山田分会長兼小倉支部執行委員、青年婦人部長となり、昭和三十年四月山田分会書記長兼小倉支部執行委員となつたが、本件解雇にともない小倉支部執行委員を辞任し山田分会書記長となつたものである。この経歴の示すように、原告は全駐労小倉支部山田分会の結成以来組合役員を歴任し、山田分会及び小倉支部における中心的な組合活動家の一人として活動してきたのであるが、特に山田分会の組合員は山田部隊周辺の農家出身者多く且つ部隊の所在地が都心部を離れた山間地帯にあるため組合意識が一般に低調で、分会結成後の昭和二十八年の全駐労の統一闘争にも同分会だけは参加できない程の状態であつたため、終始その組合意識を昂揚せしめて組合員の結束を図ることに努力してきたのである。
しかして、原告は昭和二十八年の全駐労の統一闘争後、駐留軍の圧迫によつて山田部隊の消防係の労務者、十数名が山田分会を脱退した際には、その脱退を防止すべく奔走し、原告一人だけは最後まで脱退しないで組合に留り、昭和二十九年三月山田分会長に選出されてからは、同年夏頃起きた山田部隊労務者村上賢児の班長不当格下げ問題を取上げて山田分会組合員の組合意識の昂揚に努力し、種々の大衆運動の結果右村上問題を解決することに一応成功したが、昭和三十年に至つて右村上賢児外数名が保安上の理由で出勤停止になり村上以外の者は間もなく復職したのに村上だけが復職を認められないという事件が起きるや、同人に対する出勤停止処分を撤回させるため実力行使をも含むあらゆる闘争態勢をとるよう準備したところ、その最中の同年十一月八日原告自身が「保安上の理由」で出勤停止の通告を受け、次いで昭和三十一年九月二十二日右と同じ理由で解雇されたのである。
ところで、右のような組合運動は当時駐留軍から極端な悪意をもつてみられ、ことに山田部隊は基地内における組合員の会合や説得を禁止する旨の掲示をしたりして組合活動を圧迫する方針をとつていたが、なかでも原告はその組合活動のゆえに忌み嫌われ、原告に対してのみは勤務が終り次第直ぐ帰れと督促されたり、或る時は某軍曹に呼ばれて組合を脱退せよと強要され、また前記村上問題が起きてからは日頃原告と挨拶を交わしていた山田部隊の司令官の態度も一変し、原告の挨拶に対して横を向くという有様で、原告の組合活動はたえず有形無形の圧迫を加えられていた。
以上のような、原告の全駐労小倉支部及び山田分会における地位、原告の日頃の熱心な組合活動、山田部隊関係者の組合活動に対する一般的な悪意、特に原告の組合活動に示された嫌悪、圧迫等の諸事情と、村上賢児に対する出勤停止処分問題をめぐつていよいよ山田分会の実力行使計画が軌道に乗ろうという矢先に、しかも原告が何ら保安基準に該当しないのに「保安上の理由」で解雇されたという事実を併せ考えると、本併解雇は「保安上の理由」に名を籍りた組合弾圧とみるほかなく、原告に対する解雇の決定的な動機は原告の正当な組合運動に対する圧迫にあつたものといわなければならない。
従つて、本件解雇は労働組合法第七条第一号の禁止する不当労働行為として無効である。
三、前記二によつて明らかなように、本件解雇は無効であり、従つてまたそれと同じ理由によつてなされた出勤停止処分も無効なものというべきところ、原告が昭和三十年十一月八日出勤停止処分を受けるまでの過去一年間における平均賃金手取月額は二万八百七十七円であつたが、原告は右出勤停止処分以降昭和三十一年九月二十二日解雇されるまでの間は右賃金の六割を支給され、解雇されたのちは一切の賃金の支給を受けていない。
従つて、原告が不当な出勤停止処分を受けたことによつてえられなかつた賃金額は一ケ月平均八千三百五十一円で、出勤停止期間中の合計額は八万三千三百四円であり、また解雇されて以降昭和三十三年五月末日までに原告がえられなかつた賃金合計額は四十万二千二百三十円である。よつて、原告が出勤停止及び解雇によつて失つた賃金額は、昭和三十三年五月末日までの分を総計すると四十八万五千五百三十四円となるが、この金員は現在原告が被告に対して請求できるものである。
なお、本件解雇が無効である以上、被告は原告に対し昭和三十三年六月一日以降雇傭契約が終了するまで毎月二万八百七十七円の賃金相当額を翌月十日までに支払うべき義務がある。
と述べた。(立証省略)
被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並びに被告敗訴の場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、
一、請求原因一の事実を認める。
二、請求原因の(一)、(二)の主張はいずれも争う。
請求原因二の(三)の各事実中、昭和二十八年五月山田部隊勤務の労務者によつて全駐労小倉支部山田分会が組織されたこと、原告が昭和二十九年三月及び昭和三十年四月全駐労小倉支部執行委員に選出されたこと、昭和二十八年の全駐労の統一闘争に山田分会が参加しなかつたこと、右全駐労の統一闘争後、山田部隊勤務の消防係労務者十名が山田分会を脱退したこと、昭和二十九年四月頃山田部隊労務者村上賢免の班長格下げ問題があつたこと、昭和三十年一月から同年六月までの間において村上賢児外三名が保安上の理由で出勤停止になつたこと、昭和三十年十一月八日原告が「保安上の理由」で出勤停止の通告を受け、次いで昭和三十一年九二十二日右と同じ理由で解雇されたことはいずれも認めるが、その余の事実は知らない。
三、本件解雇についての被告の主張は次のとおりである。
(一) 本件解雇は、労務基本契約及び附属協定に違反しない。
原告に対する本件解雇は、附属協定「在日米軍の保安に関する協定」第一条a項の(2)に定める基準に該当するものとして附属協定の手続に従つてなされたものである。安全保障条約第三条に基く行政協定、労務基本契約及び附属協定によると、いわゆる保安解雇については、保安基準に該当するか否かの判断は終局的には駐留軍の主観的判断に委ねられているのであつて、駐留軍において保安基準に該当するものと判定して労務者の解雇を求めた場合、被告はこれに従い解雇せざるを得ないのである。すなわち、本件解雇は附属協定所定の手続に従つてなされたものであるから有効であるといわなければならない。
(二) 本件解雇は、信義則違反でなく、また解雇権の濫用でもない。
本件解雇は前記のごとく、駐留軍において附属協定第一条a項の(2)に定める基準に該当するものと判断し、日本国政府はその判断に拘束される関係から、附属協定所定の手続に従つてなしたものであつて、このような立場にある駐留軍労務者は一般の雇傭契約における労務者に比し、もともと不安定な地位に置かれているものである。従つて、右のような本件雇傭契約の特殊性に鑑みるときは、本件解雇がたとえ駐留軍の主観的な判断に基くものであつても、信義則に違反するものでもなく解雇権の濫用にわたるものでもない。
(三) 本件解雇は、純粋に保安上の理由に基くものであつて不当労働行為ではない。
本件解雇は原告の組合活動を理由としてなされたものではない。すなわち、本件解雇は駐留軍が原告の活溌な組合活動を忌み嫌い、組合活動に熱心な原告を職場から排除しようとしてなされたものであると原告は主張しているが、駐留軍においても労働組合運動が健全な労働関係を維持するものであることの充分な認識を有し、もし組合活動に対して支配介入するようなことがあれば軍の方針として速かにその排除措置を講じている。従つて、活溌な組合活動家であつた故をもつて駐留軍が原告を解雇し、更に組合を弾圧せんとするがごとき意図は毫も存在しないのであり、本件解雇は純粋に「保安上の理由」に基いてなされたものであつて不当労働行為の介在する余地は全くないのである。
四、前記のように、附属協定に基く保安解雇における保安基準該当の事実については、専ら駐留軍の主観的判断のみに基いてなされ、これが具体的事実を明示することを要しないし、またひいてはその立証責任も被告にはない。しかしながら、駐留軍のとつた本件解雇の措置について何等その具体的理由を証明しない場合において、本件解雇が不当にも原告の組合活動に決定的動機を有するかのごとく誤解されることを避けるため、敢て保安基準該当の事実があつたことを主張する。
すなわち、昭和三十三年四月五日付調労発第五一二号をもつて調達庁労務部長より福岡県知事にあてた附属協定第五条d項の措置としてとられた調達庁長官の意見書を内容とする回答書によれば、本件原告の保安基準該当の容疑事実が明らかにされている。右のように調達庁の調査結果にして既に保安基準該当の事実を明らかにし得たのであるから、駐留軍の本件解雇が保安容疑に基いてなされたものであることは全く疑を容れる余地のないところである。
五、請求原因の事実中、原告が昭和三十年十一月八日出動停止処分を受けるまでの過去一年間における平均賃金手取月額が二万八百七十七円であつたことは認めるが、その余の事実はこれを争う。
と述べた。(立証省略)
理由
一、原告が昭和二十五年七月七日から山田部隊の消防夫として被告に雇傭され、その後同部隊の消防自動車運転手として勤務していたところ、昭和三十年十一月八日附で労務基本契約及び附属協定にいわゆる「保安上の理由」という名目で出動停止の通知を受け、次いで昭和三十一年九月二十二日附で右と同一の理由によつて解雇の通告を受けたことは当事者間に争がなく、また成立に争のない乙第二、三号証の各一、二によると、本件解雇は附属協定第一条a項の(2)の基準に該当するものとしてなされたものであることが一応認められる。
二、ところで原告は右解雇が無効であると主張するので以下順次検討することとする。
(一) まず、本件解雇が原告の主張するように労務基本契約及び附属協定によつて定められた解雇権制限の基準に違反し無効であるかどうかについて判断する。
日本国は、アメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定により、日本に駐留する合衆国軍隊のために労務者を提供するのであるが、両国間に締結された労務基本協定及び右行政協定第十二条、昭和二十七年法律第百七十四号国家公務員法等の一部改正法律によれば、労務者は駐留軍の指揮監督に服して勤務するものであつて、駐留軍に使用されるけれども、雇傭主は日本国であるといつた特殊な雇傭関係にあることが認められ、この特殊な関係からすれば、駐留軍労務者のいわゆる保安解雇を規制する労務基本契約第七条及び成立に争のない乙第六号証によりその条項に基く解雇の基準と手続とを定めたものであることが明白な附属協定は、いずれも単に協定の当事者たる日本国とアメリカ合衆国(駐留軍)との間における契約としての効力を有するにとどまらず、駐留軍労務者と日本国或いは駐留軍間においても拘束力を有するものと解しなければならない。
しかして、右労務基本契約第七条には「契約担当官において日本国政府が提供した労務者を引続き雇傭することが合衆国政府の利益に反すると認める場合には、即時その職を免じその雇傭を終了するものであり、契約担当官のこの決定は最終的なものとする。」との一般条項があり、その解雇の基準と手続とを定めた附属協定には、保安解雇の基準として第一条a項において、「(1)作業妨害行為、牒報、軍機保護のための規則違反、またはそれらのための企図、もしくは準備をなすこと。(2)合衆国側の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的に且つ反覆的に採用し、もしくは支持する破壊的団体または会の構成員たること。(3)前記(1)号記載の活動に従事する者または前記(2)号記載の団体もしくは会の構成員と、合衆国側の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的に或いは密接に連繋すること。」の規定があり、その解雇の手続として、「日本国側の提供した労務者が第一条a項に規定する保安基準に該当すると駐留軍側が認める場合には、日本国側は駐留軍側の通知に基き最終的な人事措置の決定があるまで当該労務者が施設及び区域に出入することを直ちに差止めること(第一条b項)。当該労務者が前記保安基準に該当するか否かを決定するに当り、駐留軍側は保安の許す限り該当理由をあらかじめ日本国側に通告するものとし、その通告に対して日本国政府は駐留軍側がその決定をなすに資する情報資料を駐留軍側に提供し、日本国側の意見及び見解を述べることができること(第一条c項)。駐留軍労務者が前記保安基準に照らして駐留軍側の保安に危険でありまたは脅威となると駐留軍側が決定した場合、日本国側は駐留軍側の要請に応じて当該労務者に対し必要な人事措置をとるものとすること(第一条d項)。」との規定、更にその実施細目手続として、「駐留軍の指揮官において労務者が保安上危険であるとの証拠またはその他の情報を得た場合は、直ちに当該労務者を駐留軍側の施設または区域から排除することができ、労務管理事務所長に対し当該労務者の出勤を停止するよう要求するものとし、労務管理事務所長は右要求に従うものとされていること(第三条)。駐留軍の指揮官において労務者が保安上危険であるとの理由で解雇するのが正当であると認めた場合は、駐留軍側の保安上の利益の許す限り解雇理由を文書に認めて労務管理事務所長に通知し、同所長は三日以内に意見を回答する。当該指揮官は更に検討の上嫌疑に根拠がないと認ればその後の措置をとらないが、労務管理事務所長の意見を検討してもなお保安上危険であると認めた場合は上級司令官に報告すること(第五条c項)。上級司令官は調達庁長官の意見も考慮の上審査し、保安上危険でないと認めれば復職の措置を、保安上危険であると認めれば解雇の措置をとるよう当該指揮官に命ずることとなり、上級司令官より解雇の措置をとるよう命ぜられた指揮官は労務管理事務所長に対して解雇を要求すること(第五条d項)。これにより労務管理事務所長は当該労務者が保安上危険であることに同意しない場合でも、解雇要求の日から十五日以内に解雇通知を発するものとすること(第五条e項)。」の規定があることが認められる。
このような労務基本契約及び附属協定の各条項に徴すると、駐留軍労務者が附属協定第一条a項の保安基準に該当するか否かの判断は、駐留軍側がこれを決定するに際し、日本国政府機関に意見陳述の機会が与えられておりこれを考慮した上で更に審査がなされ得るとはいえ、終局的には駐留軍の主観的判断に委ねられることとなり、日本国側は、駐留軍が保安基準に該当すると認定して解雇要求をした労務者については、たとえ当該労務者が保安基準に該当する事実を確認しない場合でも駐留軍側の判断に拘束されて、これを解雇することを約しているものというべきであるから、保安基準に該当する客観的事実があつて始めて、日本国政府は労務者を解雇できるものと解することはできない。
従つて、保安基準に該当する客観的事実の存在は解雇権行使の要件とはなつていないものといわなければならないし、また右附属協定は保安基準に該当すべき事実を明確にし解雇手続を慎重にした点において保安解雇につき駐留軍の恣意を制限したことは認め得るが、右保安基準に該当する客観的事実の存在する場合に限つて保安解雇をする旨解雇権を制限した趣旨には未だ解し得ないので、仮に原告の主張するように保安基準該当の事実が客観的に存しなかつたとしても、そのことの故をもつて直ちに本件解雇が無効であるということはできない。
(二) 次に、本件解雇が原告の主張するように労働契約における信義則に反し且つ解雇権の濫用であるかどうかについて判断する。本件解雇は原告が附属協定第一条a項の(2)の保安基準に該当するものとしてなされたものであることは前記認定のとおりであるが、右基準に該当する事実の存在についてはこれを認めるに足りる証拠がない。
もつとも成立に争のない乙第七号証の一、二によれば、当時の極東空軍司令部における保安解雇事件の審理は、先ず極東空軍司令官の諮問機関である極東空軍保安審査委員会において慎重に審査され、更に同司令部内の他の関係幕僚機関によつてそれが当該労務者を保安以外の理由で排除する口実とされていないかを審査された上で、司令官が最終的に保安基準該当の有無を決定する手続となつていたことが窺われ、本件解雇もまたそのような手続よつて処理されたものと推認できるけれども、このような手続を経たということから、直ちに原告に保安基準の(2)に該当する事実があつたと推測することはできないし、また証人八木正勝の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証及び同証言によれば、調達庁長官は本件解雇についての意見に附加して、原告が福岡県下において附属協定第一条a項(2)該当のため解雇された元駐留軍労務者と当時私生活において密接に連繋していた。更に同県下において右協定第一条a項容疑団体の構成員と目される者を通じて同団体の機関紙を定期購読していたとの事実を掲げていることが認められるが、右事実自体は前記保安基準の(2)に該当しないことは明らかであり、かかる事実が存したことから保安基準(2)に該当する事実が当然に存在したであろうと推認することもできないし、また調達庁が如何なる方法で調査したか判明しないが右に掲げる事実の存否すらも明確でない。却つて右のような事情からすれば、調達庁の調査によつても原告には保安基準(2)に該当の事実を発見することができなかつたと推測せざるを得ない。
そこで、このような事情のもとでは、原告は客観的には保安基準に該当する事実がないのに解雇されたと推認せざるを得ないが、それだからといつて、本件解雇が信義則に反し且つ権利の濫用であると速断することは許されないのである。要するに、駐留軍労務者は前記認定のごとく日本国に雇傭されているけれども、その直接の使用者は駐留軍であつて、その指揮監督を受け駐留軍の施設もしくは区域内において勤務するものである。しかして、駐留軍は日本国に駐留する外国の軍隊であつて、その性質上高度の機密保持を要求することは一応当然のことであるから、そこに勤務する労務者の雇傭関係は一般企業のそれと趣を異にするところがあつてもやむを得ないものといわなければならない。
そこで、このような駐留軍の特殊な地位乃至性格を尊重して、前記附属協定も駐留軍労務者が保安基準に該当するかどうかの判断は終局的には軍の主観的判断に委ねることとし、駐留軍から労務者の解雇要求があれば日本国としては、たとえ解雇の理由となつている具体的事実を示されない場合でも、また当該労務者が保安基準に該当すると考えない場合であつても、必要な人事措置をとることを約束しているのであつて、かかる協定を基本として締結されている原告と日本国間の本件雇傭関係においては、本件解雇が単に保安基準に該当しないとか、客観的に保安基準に該当すると認むべき具体的事実を明らかにせずしてなされたとかいうことだけで、その効力を否定しなければならないほど雇傭契約上の信義則に違反しているものとも認められないし、更には本件解雇が権利の濫用として直ちに無効になるものとも解し難い。
(三) 次に、本件解雇が原告の主張するように不当労働行為として無効であるかどうかについて判断する。
成立に争のない甲第一乃至第三号証の各一、二、同第四号証に証人松村善之助の証言及び原告本人尋問の結果を併せ考えると、原告は昭和二十五年七月頃から駐留軍労務者として被告に雇傭され、山田部隊の消防夫として勤務中、昭和二十八年五月山田部隊勤務の労務者によつて全駐労小倉支部山田分会が組織された際、その結成運動に参加し、同分会結成とともにその執行委員に選出されたが、当時右山田分会の組合員は周辺の農家出身者が多く部隊の所在地が都心部を離れた山間地帯にあることも加つて一般に組合意識が低調であつたところから、分会結成後の昭和二十八年の全駐労の統一闘争にも同分会だけは参加できないような状態であつたため、原告は機会あるごとにその組合意識を昂揚せしめて組合員の結束を図ることに努力していたこと、昭和二十八年八月の全駐労の統一闘争が終つた頃から山田部隊においても休憩時間の短縮その他労務者に対する仕事上の指揮権監督がきびしくなり、駐留軍の組合活動に対する圧力が加えられるようになつたため、同部隊の消防係のうち殊に原告の所属していた班においては労務者十数名が揃つて組合を脱退するに至つたが、その際原告は独り組合に留つてその脱退を防止するように奔走したこと、その後原告は昭和二十九年三月選ばれて山田分会長兼小倉支部執行委員、青年婦人部長となつたが、同年夏頃山田部隊労務者村上賢児の班長格下げ問題が起きるや、分会長として組合員の低調な組合意識を昂揚するためにも必要であると判断してこの問題を取上げ、組合による闘争を計画し、山田部隊の門前で分会の総蹶起大会を開催したり、部隊から労務管理事務所までデモ行進をしたりなどして組合を結束し、スト権を確立した上で山田部隊の司令官と交渉した結果、昭和三十年四月から村上賢児を副班長に格上げするとの回答を得て右村上問題を一応解決することに成功したこと、しかしながらこの問題が起きてからは駐留軍側の原告に対する態度は一層冷たいものとなり、従来原告と挨拶を交わしていた同部隊の司令官も原告の挨拶に横を向くような状態になつていたこと、一方村上賢児は昭和三十年四月一日から副班長に格上げされることになつていたが、その一カ月前に至つて他の数名の者とともに保安上の理由で出勤停止処分を受け、村上以外の者は間もなく復職したが村上だけはそのままとなり、さきの闘争の成功も名目だけのものとなつたので、原告は右村上に対する出勤停止処分を撤回させるための闘争に専従することとし、同年四月分会長を辞して分会の書記長となり、実力行使を含むあらゆる闘争態勢をとるよう執行委員会で決定するなどして闘争計画を推進していたところ、その最中の同年十一月八日原告自身が「保安の理由」で出勤停止の通告を受け、次いで昭和三十一年九月二十二日同一の理由で解雇の通知を受けたことが認められる。
以上認定した各事業によると、原告は全駐労小倉支部山田分会の結成以来、組合の役員を歴任し、山田部隊における組合運動の中心人物の一人として活溌な組合活動を展開していたこと。そのことのため山田部隊関係者から嫌忌されていたことは想像するに難くないところであり、このことに加えて、本件解雇が前記認定のごとく「保安上の理由」を名目としながら原告に保安基準に該当する具体的事実の存したことを認めるに足る証拠がなく、殊に本件解雇の前提処分としてなされた出勤停止の措置が、原告等において村上賢児の出勤停止処分撤回をめぐつて実力行使計画を進めている最中になされた事実を考慮するときは、駐留軍の本件解雇要求は専ら原告の組合活動をその決定的理由としてなされたものと推定せざるを得ない。
もつとも、成立につき争のない乙第七号証の一、二、同第八号証の一乃至三、同第十一号証の一乃至四によると、駐留軍は労務者が組合員であることや労働組合運動をしたことの故をもつて差別待遇その他不利益な取扱をしないことを建前としており、そして原告が解雇された当時の山田部隊司令官スプリツグ少佐が労務管理に優れた業績を残し一般の労務者からも敬服されていたことは一応認められるが、そのことだけでは未だ前記認定を覆えすに足りない。
しかして、他に原告に前記保安基準の(2)に該当する具体的事実が存在したこと及び駐留軍が右事実が存在すると認定したことを認めるに足る証拠も存しない以上、駐留軍の解雇要求、ひいては被告の本件解雇の意思表示は、結局原告の労働組合運動を理由とするものであり、労働組合法第七条第一号の不当労働行為に該当し、無効といわなければならない。
三、以上判断したところから明らかなように、本件解雇の意思表示は不当労働行為として無効であり、従つてまたその前提として右と同一の理由によつてなされた出勤停止処分も無効なものといわれなければならないから、原告は依然駐留軍労務者として被告と雇傭関係にあるものというべく、原告は出勤停止処分を受けてから今日まで労働を提供していないが、それは被告の受領拒否に基因するものであるから原告は被告に対し賃金請求権を有するものと解すべきである。
しかして、原告が昭和三十年十一月八日出勤停止処分を受けるまでの過去一年間における平均賃金手取月額が二万八百七十七円であつたことは当事者に争がないから、原告が出勤停止処分を受けた昭和三十三年十一月八日以降少くとも毎月同額の賃金請求権を被告に対して有していることとなるが、成立に争のない甲第五号証によると、原告は右出勤停止処分から昭和三十一年九月二十二日の本件解雇に至るまでの間は右賃金額の六割を支給されたが、解雇されてのちは一切の賃金の支給を受けていないことが認められる。
そこで計算してみると、原告が不当な出勤停止処分を受けたことによつて得られなかつた賃金額は毎月平均八千三百五十一円(前記平均賃金手取月額二万八百七十七円の四割)で、出勤停止期間中の合計額は八万三千三百四円を超えること、また解雇されて以降昭和三十三年五月末日までに原告が得られなかつた賃金の合計額は約四十万二千二百円となること、すなわち原告が出勤停止及び解雇によつて昭和三十三年五月末日までに失つた賃金の総計は少くとも原告が本訴において請求する四十八万五千五百三十四円を超過することが算定される。
また被告の賃金支払方法が前月分の賃金を翌月十日に支払うようになつていたことは原告の自認するところであるから、被告は原告に対し昭和三十三年六月分以降の賃金として毎月二万八百七十七円あてを翌月十日までに支払うべき義務がある。
よつて、原告の本訴請求は全部理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用し、なお仮執行の宣言は本件に相当でないと認めるのでこれを附さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤野英一 倉増三雄 権藤義臣)